大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)4921号・昭40年(ワ)575号 判決
原告
大日本製薬株式会社
右代表者
宮武徳次郎
右訴訟代理人
西本寛一
外一名
被告
片山化学工業株式会社
右代表者
片山三郎
右訴訟代理人
竹内岩男
外五名
主文
一 被告は、原告に対し、原告より別紙物件目録(二)記載の建物を賃料月額金二〇万二、五二七円、その月分を毎月末原告方へ持参して支払う。賃貸借の期間は定めず、との約定で賃貸の提供を受け、これが引渡しを受けるのと引換えに別紙物件目録(一)記載の建物を明渡せ。
二 被告は、原告に対し金一二六万二、九二〇円及び内金一一万六、八五九円については昭和四五年八月一日より、内金一六万四、六六五円に対しては同年九月一日より、内金一六万四、六六五円に対しては同年一〇月一日より、内金一六万四、六六五円に対しては同年一一月一日より、内金一六万四、六六五円に対しては同年一二月一日より、内金一六万四、六六五円に対して昭和四六年一月一日より、内金四万七、八〇六円に対しては同年二月一日より、いずれも年一割の割合による金員、内金二七万四、九三〇円に対しては昭和四六年二月一日以降支払済みまで年六分の割合による金員、並びに昭和四六年二月一日以降本件建物明渡済に至るまで、毎月金三八万七、四〇二円およびこれに対する各月分につき、翌月一日以降支払済に至るまで、年六分の割合による金員をそれぞれ支払え。
三 原告の第一次、第二次請求をすべて棄却し、第三次請求のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は四分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。
事実《省略》
理由
第一昭和三六年一一月一九日付の河合武夫による本件賃貸借契約解除を理由とする請求(第一次請求)に対する判断
一本件建物がもと河合武夫の所有であり、かねてより同人と被告との間に本件建物を賃貸借の目的とする本件賃貸借契約が締結されていたこと、及びその賃料が昭和三五年三月一日以降は一ケ月金一〇万円と定められたこと、並びにその後本件建物の所有権が河合より原告に譲渡されたこと、の各事実は当事者間に争いがない。そして<証拠>によれば、右譲渡がなされたのは、昭和三八年一月三〇日であつて、その時同時に河合は、同人が被告に対して有する本件建物に関する一切の権利を原告に譲渡し、その頃その旨を書面をもつて被告に通知したことの各事実が認められる。
二その規模についてはともかく、被告が昭和三六年八月初め本件建物に工事を施したこと、及び河合武夫がこれを理由に同年一一月一九日被告に到達した書面をもつて、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。
そして原告は、第一次請求として、右解除をもつて本件賃貸借契約は終了したのであるから、被告は、河合の権利を承継した原告に対しこれを明渡すべきであると主張し、被告は右解除の効力を争うのでまず、被告が本件建物についてなした右工事が建物の増改築に当るか否かについて判断することとする。
三<証拠>を総合すると、昭和三六年八月初め、被告が本件建物に施した工事は次のようなものであつたことが認められる。
1 本件建物の階段は、もと別紙図面(二)記載の位置にあつたが、被告はこの時までにこれを別紙図面(一)記載の位置に移しかえていた。また二階北側には別紙図面(一)記載のとおり一〇畳の客室があつたが、これはもと和室であつたのを被告においてこの時までに洋室に改造していた。
ところで、昭和三六年八月当時、別紙図面(二)記載の二階北側に位置する吹抜きは、その枠たる材木が朽廃して雨漏りがするようになつており、これが修理を必要とし、またその頃被告会社は代表取締役の片山秀夫がその地位を退き、取締役会長となることを予定していたので、同人のために本件建物内に会長室を設けることを必要としていた。よつて被告は、大工小林佶太郎に吹抜きの修理及び二階客間一〇畳を会長室に新装することを依頼した。
2 そこで大工小林佶太郎は、同年八月五日から一ケ月位の間に、休日、夜間等を利用し一週間位の日数をかけ、吹抜きの廃止、二階客間一〇畳の改造の工事を行い、結局この部分を別紙図面(一)記載の如くに改造した。
すなわち、吹抜きの屋根のガラス板部分についてはその上にビニール波板を張つてこれを廃止し、それまで中庭に流れ込むようになつていた雨水を表と裏に流れるようにし、同じく二階部分については床板を張つて階段踊場に改造してこれを廃止した。そして吹抜きに代わる通風口を確保するため屋根を改造して通風用小櫓を設けた。
次に前記のとおり既に洋間に改造されていた二階一〇畳の客間については、その南側の廊下を廃止してこれと合わせて一体とし、その内部についても天井、壁を塗りかえ、さらに北側壁にクーラー取付のための開口部を設け、会長室とした。
3 河合武夫は、被告が右工事を開始するや、直ちに被告会社に赴むき、当時被告会社代表者であつた片山秀夫に工事の中止方を申し入れ、その後も電話あるいは書面をもつて異議を述べた。しかし被告はこれを無視して右工事を完成させた。
以上の各事実が認められ<反証排斥・略>
四被告のなした右各工事は、建物の修理と見られる部分も含まれている一方、吹抜きを完全に廃止して新たに小屋根を設けたり、廊下を廃止して部屋を拡張したりした改造と見られる部分もある。しかしその程度から見て、この改造をもつて直ちに賃貸人、賃借人間の信頼関係を破壊する目的物件の保存義務違反として解除事由に該るとするについては疑問なしとしない。ところで他方、<証拠>を総合すると、河合武夫の先々代河合五郎兵衛が、昭和七年五月、被告の前身たる合資会社片山化学薬品店に本件建物を賃貸した当時、本件建物の内部は、その細部については若干の争いがあるものの、大略別紙図面(二)記載のとおりであつたのであるが、その後被告はこれに次々と手を加え、その現状が別紙図面(一)記載のとおりとなつていることが認められる。
そうだとすると本件建物に対する被告の昭和三六年八月になした各工事が、本件賃貸借契約の解除事由となるか否かについても右の被告のなしたそれまでの各工事を考慮したうえで、判断するのが相当と考えられる。しかるところ、被告は右本件賃貸借成立当時、賃貸人河合五郎兵衛より、本件建物の内部を被告の営業に適するよう自由に模様替えしてもよいとの承諾を得たと主張し、証人片山秀夫(第一、二回)は右主張に副う供述をする。しかし同証人の証言により成立の認められる乙第一号証(貸家敷金預り証)によれば本件賃貸借成立の際、河合五郎兵衛と合資会社片山化学薬品店との間でとり交された書面にはそのような文言は記載されていないのであるから、右証言を直ちに採用することはできない。
五次に被告は、被告のなした右各工事については、賃貸人の黙示の承諾があつたと主張するので、この点につき判断することとする。
<証拠>を総合すると左の事実が認められる。
1 本件建物の存する場所は、旧船場界隈の一角であつて、大阪市内でも一流の商業地であり、特に道修町といえば戦前より薬問屋、あるいは製薬会社の本社が多数あることで知られている場所である。
被告会社の前身たる合資会社片山化学薬品店(以下特に必要な場合を除き右合資会社をも含め単に被告という)は、試験薬の製造、販売を目的とするものであるが、本件建物を賃借するまでその本社を平野町に置いていたが、その営業の性質上、かねてよりその本社を道修町に置くことを希望していたところ、河合五郎兵衛が本件建物の賃借人を捜していることを知り、同人より昭和七年五月よりこれを賃借するに至つたものである。
2 本件建物の原状は、別紙図面(二)記載からも明らかなように営業用と居住用を兼ねたものであつて、居住のための部分が多数存するうえ右賃貸借成立当時には、西側中庭は前裁となつていた。
そのため被告は河合五郎兵衛の承諾を得たうえ、昭和七年五月から同年九月頃までかけて、その営業に便なるようその内部を次のとおり改造した。
(一) 別紙図面(二)記載の一階の洋間の床をおとし、ここをコンクリート土間とし、試験室とした。
(二) 同じく隠居部屋を廃止し、ここを包装室とした。
(三) そのほか営業室にカウンターを設けたり、土倉内部を改装したりした。
3 右の改造工事を経た後、被告は本件建物内にその本社を移し、ここで営業を始めたのであるが、その後も、今度は賃貸人の事前の承諾を得ることなく、本件建物内部に次々と手を加えた。この改装工事の時期及び程度は、年月の経過により現在では明確に特定できないが大略次の如きものである。
(一) 昭和一四、一五年頃、西側中庭に上屋を設け、これと前記改造された洋室とを一体として試験室とした。
(二) 昭和二四、二五年頃、一階従業員食堂を取り毀し、営業室の一部とし、階段を現在のところへ移した。同時に二階の階段降り口の西側に事務所を設け、また二階一〇畳の客間を洋風に改装した。
(三) 前記昭和三六年八月初めの改造後も(あるいはこの時同時に施行したとも見られる)、東側中庭に上屋を設け、ここを倉庫とした。
4 被告は、本件建物に本社を置いて以来、戦後一時休業したこともあるが、順調に発展を遂げ、昭和二三年には株式会社組織となり、現在では尼崎市に工場を持つまでに至つているものである。そして右一連の改造工事は、営業の発展に伴いこれに対処するため施行したものである。
5 この間賃貸人は、昭和一六年河合五郎兵衛が死亡したことにより、河合武夫の先代伊之助に、同人が昭和一九年死亡したことにより河合武夫へと順次承継されていつた。各賃貸人のうち河合五郎兵衛は一、二度本件建物を訪れたのみであるが、伊之助及び河合武夫は被告より賃料を受領するため幾度も本件建物を訪れた。よつて各賃貸人に、被告のなした賃貸人の承諾を得ない前記各改造工事を知つていたものと思われるのにこれに対し強く異議を述べた様子はない。特に河合武夫は、昭和二三年以降前記昭和三六年八月初め被告が吹抜きの廃止等の工事を行うまでの間何回となく被告より賃料を受領するため本件建物を訪ずれているのであつて、その際主に一階営業室で、偶には二階一〇畳の客間に通されてそこで賃料を受領しているのであるから、被告が本件建物の内部を改造したことを熟知していたと思われるのに、これに対しあまりはげしく改造してくれるなと軽く注意したのみであつて、昭和三六年八月初めの工事に至るまで、被告の改造に強く異議を述べた事実はみられない。
そしてこの間賃料も順次増額されていき、特に昭和三一年頃からは賃貸人より再三増額の要求がなされた結果、月額金三万円、金五万円と次々増額して、昭和三五年三月一日には、金一〇万円となつたものである。
以上の事実が認められ、証人片山秀夫、同河合武夫の各証言中右認定に反する部分はいずれもこれを措信することができない。
六右認定事実によれば、被告が昭和七年、本件建物を賃借した当時に施工した一階の洋間の床をおとしてコンクリート土間としたこと並びに隠居部屋を廃止して包装室としたことの各工事は賃貸人の承諾のもとに行なつたものである。そしてその後昭和三六年八月初めまで被告のなした各工事についても、それが元来居住用の部分を多く含んでいる本件建物について営業の発展に伴い、当初の改造のみでは不充分となつて営業に適するように改造したものであることは、前記載の各改造工事の内容から明らかであり、そして賃貸人らは、この二回にわたる大改造に対し何ら特段の異議を述べていないのである。従つて各賃貸人らは、被告が本件建物をその営業をなすのに必要な限りである程度の改造を施工するのはやむなしと考え、これを黙認していたと認めるのが相当である。
七そうだとすると、前記被告が昭和三六年八月初め施行した工事について、それがたとえ改造工事と評価される部分を含んでいるとしてもそれは前記認定からも明らかなように、本件建物の内部を被告の営業に便なるように改めたものであつて、その規模もこれまでの工事と比べてさして大規模なものではない。従つて河合武夫においてこの工事について特に強く異議を述べたり、これをもつて賃貸借契約の解除を主張したりする必要はなかつたはずである。そして後記のとおり、当時原告は本件建物を被告が立退いたうえで河合武夫より購入したいと希望し、被告に対し本件建物からの立退き方を打診していたところ、河合においても両者の間の周旋を他に依頼していたのであるが、被告は河合武夫が当時同人の所有であつた本件代替家屋へ移転することを提案したのに対してこれをにべもなく拒絶するなど非協力的な態度をとり、このため河合において困惑していた事実を考え合わせると、河合が右の如き挙に出たのは、被告の右の如き態度に対処するためであつたとも推測される。
以上のとおりであつて、被告のなした昭和三六年八月初めの本件建物に対する工事をもつて被告の背信的行為とみることは困難であり、従つて右工事を理由とする河合のなした本件賃貸借契約の解除はその効力を生ぜず、原告の第一次請求はその理由がなく、失当である。
第二 本訴第六回口頭弁論期日における原告の賃貸借契約解除を理由とする請求(第二次請求)に対する判断
次に原告は、第二次請求において、本件賃貸借契約締結以来の被告の本件建物に対する一連の増改築工事をもつて、賃貸人に対する信頼関係の破壊であると主張し、これを理由に本訴において本件賃貸借契約を解除する旨主張する。しかしさきに認定したとおり被告は大部分の増改築工事を賃貸人の明示もしくは黙示の承諾を得ておこなつており、それ以外の部分についても、これを背信的行為と評価することは困難であるから、原告の主張はその余の点を判断するまでもなく理由を欠き失当である。
第三正当理由に基づく解約申入れを理由とする請求(第三次請求)に対する判断
(イ) 原告が本件賃貸借契約解約の申入れをなすに至るまでの事情。
一本件賃貸借契約が期間の定めのないものであることは弁論の全趣旨からして当事者間に争いがないところであり、且つ原告が本件建物の賃貸人として被告に、昭和三八年二月一七日被告到達の書面をもつて、本件代替家屋を賃貸する用意がある旨申し添えて本件賃貸借契約を解約する旨意思表示したことは当事者間に争いがない。
二<証拠>を総合すると左の事実が認められる。
1 原告会社は、明治三〇年に設立された主に医薬品の製造、販売を目的とする資本金二四億七、五〇〇万円(昭和四五年七月一日現在)の株式会社である。原告会社の旧本社々屋(後記のとおり本件訴訟中に新築された部分を除く本社々屋)は、昭和初年に建築された旧式の三階建の練瓦造の建物であつて、昭和三〇年以降の製薬業界の発展に伴い、原告会社がその規模を拡大するにつれて右社屋内に必要な備品、人員を収容することは不可能となり、原告会社は本社機構を次々と分散せざるを得ないところとなつた。
2 原告会社の昭和三〇年以来の、売上げの伸び、機構の拡大、人員の増加の模様並びにそれに伴い本社機構を分散していき、遂に昭和四〇年には元の本社機構が七ケ所となつた経緯については、いずれもほぼ原告の主張どおり(事実欄、原告の請求原因、第四項、二の1項に、原告側の事情として記載)であつた。
3 原告会社の現代表取締役宮武徳次郎は、昭和三二年その地位に就いたものであるが、昭和三四年頃より、原告会社の規模が拡大したことにより、必要な人員、備品を収容するのに旧本社々屋のみでは狭隘をきわめるようになつたため、本社々屋の拡張を計画した。そして新社屋の敷地として旧社屋の東側に隣接する二筆の土地の買収に成功した。そこでさらにこれらの東側に隣接する本件建物の敷地をも新社屋の敷地に含めたいと考え、昭和三四年中頃、所有者たる河合武夫にこれが買取方を申し入れた。
他方その頃河合武夫においても本件建物及びその敷地の売却方を希望していたのであるが、できれば本件建物の賃貸人たる被告へ売渡したいと考え、昭和三四年八月中頃被告に対し本件建物の賃料の増額を求めた際売渡方をも打診し、被告においてもこれを買取りたいとの話もあつたのであるが、双方の言い値に開きがあり過ぎて結局売買契約の成立に至らなかつた。そこで河合武夫は資金が豊富である原告なら自己の言い値に近い値段で買取つてくれるものと考え、原告に対して、これを売渡す旨の内諾を与えた。
4 しかし原告において本件建物の敷地を利用するためには、本件建物を賃借して使用占有している被告にこれを明渡して貰う必要がある。そこで原告は、昭和三五年秋頃、当時の被告会社代表者(現在被告会社取締役会長)であつた片山秀夫に対し、本件建物の明渡方を打診したところ、同人より本件代替家屋の敷地(当時は河合武夫の所有)に、被告会社の必要を満たすに足る鉄筋の建物を建てて使用させて貰えるか、それに見合う条件が満たされるなら本件建物を明渡してもよいとの回答を得た。
よつて原告は、被告においては、条件によつては本件建物を明渡す意思があり、しかも被告はその条件につき過大、不当なものを要求する意図などなく、被告の要求する条件は、原告の努力によつて満たし得る程度のものと判断し、本件建物の敷地を新社屋の敷地に含めることを前提として、新社屋の設計を依頼した。
5 次で、森川復二が被告代表者の地位にあつた、昭和三六年初め、明渡条件についての交渉は進展し、同年六月初めには、右森川との間に大略左のごとき明渡条件案が成立した。
(1) 本件建物東側に存する山本鹿之助(本名は、山本茂三郎であると推認されるが、当事者間ではこのように呼び慣わされていたのでこれに従う)所有の建物及びその敷地を原告において買受け、他方被告は河合武夫より本件建物の敷地を買受け、その両者を交換する。
(2) 右山本鹿之助所有建物について、これを原告の負担において被告の営業に適するように改造し、もつて被告の移転先とする。
また右建物内で現在営業している商人たちについては、右改造工事までに明渡が完了するよう、原告、山本鹿之助が責任を負う。
(3) なお被告が本件建物の敷地を買収するに要する費用は、原告から被告に贈与する。
しかしながら、原告において右案に添つて契約書を作成し、被告に調印を求め、最終的な合意に達つしようとした段階で、被告会社の実権者たる片山秀夫が、これに反対したため、契約成立に至らなかつた。
6 その後前記のとおり昭和三六年八月に、被告が本件建物に手を加えたため、河合武夫がこれを理由に同年一一月一九日に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をするなど両者の間に紛争が生じた。このため原・被告間の本件建物明渡し交渉も中断するに至つた。
そこで、原告代表者は、同年一二月二〇日頃、被告会社に、同社取締役会長であつて、同社の実権者である片山秀夫を訪ずれ、同人に対し、原告会社の本社々屋を拡張するのに本件建物の敷地を利用したいので、ぜひ本件建物を明渡して貰いたい、また明渡すについての被告の希望も明示して貰えば、それに添うべく原告において努力する旨申し入れた。その結果同月二二日被告より原告に対して、本件建物の明渡しの条件たる左の五ケ条希望条件を提出してきた。
(1) 移転地は、道修町表通り、東堺筋より西丼池筋に至る間とする。
(2) その面積は、現在本社所在の実働面積すなわち平面積一二〇、〇二坪、二階五二、六四坪、合計一七二、六六坪を下らざること、立体化するときは能率低下を来たさざるよう坪数を加算すること。
(3) 移転、建築に関する費用一切は原告において負担すること。
(4) 移転のため、被告本社の営業の停止、その他の支障を来たさざるよう配慮すること。
(5) 細則について相互協定すること。
7 右五ケ条希望条件は、原告より河合武夫に伝えられた。しかるところ本件建物の公簿上の面積は九六坪余であるのに、右五ケ条希望条件において、被告は本件建物の実働面積が一七二坪余あると主張していることから、河合武夫は、同人に無断で被告が本件建物を増築したため本件建物の実働面積が右の如く公簿上の面積を大巾に上回つているものと判断するに至つた。そして河合武夫は被告に対しこの点につき異議を述べたため、昭和三七年一月より河合と被告との間で新たな紛争が生ずるに至つたのであるが、河合より原告の意を受けて被告に対し同年二月七日書面で、被告の移転先として、本件代替家屋(当時は河合の所有であつた)を一〇〇坪余りの建物に改造してこれをあてたいと申し入れがあつたのであるが、被告の容れるところならず、両者の紛争はそのまま続くこととなつた。
8 他方、原告は、被告の移転先建物として鉄筋三階建延坪一五〇坪のビルを本件代替家屋敷地に建設し、これを賃貸する旨被告に申し入れ、昭和三七年八月頃右敷地の図面を被告に届けたところ、同年八月二二日、被告より、本件代替家屋の敷地を無償譲渡すること、建物は地下一階、地上三階鉄筋本建築とすること、総工事は原告において施行するか、若しくは総工事費として金五〇〇〇万円を貸与すること、といつた原告にとつて予想もしなかつた大きな要求があつた。このため原告は直ちに同年九月一八日に書面をもつて、被告に、右被告の申し出は、五ケ条希望条件の趣旨に反する旨の反論を加える一方、被告に再考を依頼した。
9 以上の次第で、原告あるいは河合武夫による努力にかかわらず、被告の本件建物明渡の承諾を得ることはできなかつたのであるが、河合武夫が本件建物及びその敷地の処分を急いでいたので、やむなく原告は昭和三八年一月末大阪市北区に所有する土地、建物と本件建物およびその敷地を交換し、よつて本件建物を取得し、その結果本件賃貸借契約の賃貸人たる地位を承継した。
10 原告としては、今後も被告と本件建物の明渡の交渉をする用意があるものの、被告に本件代替家屋(この時は原告の所有となつていた)の賃貸の提供をもつて、被告の提案した前記五ケ条希望条件を満たすとしてもあながち不当といえないと判断していたので、原告において前記のとおり旧本社々屋のみでは狭隘を極めていて社屋の拡張を必要としていることに加え、被告に本件代替家屋の賃貸を提供して右五ケ条希望条件を満たせば、これをもつて解約申し入れに必要な正当事由を満たし得ると考え、前記のとおり昭和三八年二月一七日被告到達の書面をもつて本件賃貸借の解約を申し入れたものである。
以上の事実が認められ、<証拠判断略>
三以上認定事実により明らかとなつたことは、原告は本件建物の所有権を取得するに当り、当初より占有者である被告に明渡しを求める意図を有していたが、被告の意思に反し、そのこうむる損害を無視してまでも強引に明渡しを迫るつもりではなかつた、ということである。むしろ原告はあらかじめ被告に対し本件建物及びその敷地を取得せんとする原告の事情を説明し、明渡しの意思の有無を打診したところ被告が前記五ケ条希望条件を提出し、この条件が満たされるのであれば本件家屋を明渡してもよい旨明言したため、右条件の実現に自信のあつた原告は、本件建物及びその敷地と、自己所有の土地建物との交換に踏切つたのである。もつとも右交換のなされる以前に、被告より五ケ条希望条件に可成り背致した条件が示され、原告がこれを拒絶した事実があるが、原告としてはなお被告との爾後の交渉により、さきの五ケ条希望条件に近い線で妥結することができるものと期待していたのである。これを要するに原告が本件建物の所有権を取得したのは、被告が明渡しを承認する態度を示したことによるものであり、原告としては被告との話合により本件建物の明渡しを求める意思を以て、かつその成就を確信して本件建物を取得したものであつて、一般に賃貸借契約解約申入れに正当理由が乏しい、と評価されるいわゆる新家主の場合とは同日の談ではないのである。
(ロ) 原告の解約申入れの正当理由
一前記原告の本件賃貸借契約解約の申入れが、借家法第一条の二所定の正当理由を具備するや否やを判断するため、先ず当時における、本件建物の明渡しを求めねばならぬ原告側の事情と、これによりこうむる被告側の損害を比較考察することとする。
二さきに認定したとおり、原告会社の旧本社々屋内に存した機構のうち、右解約申し入れ当時までに、倉庫部門に大阪市福島区海老江所在の大阪工場内に、幹部食堂その他を本件建物東側所在の、東分室に、営業部門の一部を本件代替家屋内に、学術部特殊薬品部を北浜倉庫内所在旧建物を改造した事務所に、とそれぞれ移転させて本社機構を分散させていた。このような本社機構の分散により、原告会社は業務上の連絡、事務打合せ、各支店工場との連絡、指令等につき極めて非能率となり、経営上多大の不利不便をこうむつていることは容易に推認できるところであり、全機構を収容し得る新社屋を建設し、本社機構を統一することは、合理化か企業の発展のための最重要の要素とされる今日、原告にとつて不可欠の事業であるということができる。そして被告が本件建物を明渡せば、原告はこれを取毀し、その敷地、並びに既に買収済の二筆の土地を利用して、社屋拡張計画を実行に移し、近代的で機能的な新社屋を完成させ、そこへ右の如く分散した本社機構を吸収し、分散によつて蒙つている不利益を一挙に解消できる状態にあつたことは明らかであるから、原告の本件建物明渡の請求は緊急の必要事であるということができる。
なお、原告会社代表者本人の尋問結果によれば、原告は、大阪府吹田市に一万五、〇〇〇坪の土地を所有しており、ここへ新社屋を建築することもできなくはないが、製薬会社が集まつていることで有名な道修町を離れることは、営業上の損失が大きく、到底そのようなことはできないことが認められる。
三一方、<証拠>を総合すると被告側の事情として左の事実が認められる。
1 すなわち、被告会社は、資本金一、五〇〇万円(昭和四四年四月現在)の、主に試験薬、工業薬品の製造、販売を目的とする株式会社である。その本社は、本件建物内に置かれ、従業員四五名位がここで勤務している。被告はこのほかに、尼崎市難波本町に建坪六〇〇坪位の工場をもち、ここで従業員五〇名位が薬品の製造作業に従事している。他に岡山市と名古屋市に支店がある。
被告の取扱薬品数は、約五、九〇〇種位あり、その販売先は一般大衆ではなく主に大学並びに会社の研究所、化学工場等であつて全国各地にまたがつており、その得意先の数は、昭和四〇年頃は二五〇社、昭和四五年現在では三〇〇社位である。取引はすべて本件建物内にある本社を通じておこなわれ、地方得意先との取引数は、大阪市内のそれの約五分の一位であるが、売上高は全体の半分位を占めている。また被告は本件建物を利用して店頭売りをしており、この分の売上高は、全売上の三割位である。
2 原告の解約申し入れ当時、本件建物は前記増改築の結果実働面積は約一八〇坪となつており、被告はこれを余すところなく使用していた。原告は解約申し入れに当つて本件代替家屋を賃貸する用意あることを申し添えているが、右代替家屋は延坪数約六〇坪あり、本件建物の施設、人員の全部をここに移転させることは到底不可能である。そうすると本件建物を明渡すためには、被告は他に新社屋を求めねばならぬ。本社機構の分散を甘受し、一部を本件代替家屋に収容するとしても、収容し切れぬ施設、人員のための新社屋を必要とする。しかもその新社屋の所在地は、被告が薬品の製造販売を業とする以上、道修町であることを要するのは原告の場合と同然である。しかるに、昭和三八年二月当時の本件建物及びその敷地の価格は約金六、五一三万円、客観的継続賃料は月額約金二一万二、〇〇〇円であるから、実働面積一八〇坪位、あるいはその三分の二程度の実働面積を有する建物を入手するためには、賃借するにしても、敷地とともに買受け、あるいは借地して買受けるにしても、被告の負担は巨額である。更に本件代替家屋は、現在は一階はガレージと会議室、二階は物置と会議室となつており、被告がここに移転するためには相当の改造を必要とし、これにも多額の費用を要する。(原告が、本件代替家屋を被告が自己の使用に便なるよう改装することを容認していることは、原告の弁論の全趣旨により明らかである。)
3 また薬事法、毒劇物取締法、危険物取締法に基づき危険物たる薬品を貯蔵するには危険物貯蔵所の設置が義務づけられ、そのためには行政庁による許可が必要であるところ、本件建物は木造であるにもかかわらず、被告は特に危険物屋内貯蔵所の許可を受けて、本件建物内にこれを設置し、これを利用して前記の如く薬品の店頭売りをしている。しかしこの許可は、昭和二三年に受けて以来の既得権によつて特に得ているものであつて、前記解約申入れ当時の本件建物における被告の施設、人員が、本件代替家屋の如き他の木造建物に移転した場合は、設置の許可を得られない公算が極めて大きい。そして危険物貯蔵所の設置ができないとなると、被告は、前記の店頭売りによる利益を失なうこととなるわけであつて、この点からも本件代替家屋への移転は損失を伴なうものである。
4 また一般に移転に際しては運送費等の移転費用を要するのは明らかであるが、このほかに製薬会社たる被告は、毒劇物取締法、薬事法により、取扱薬品の容器に貼付すべきラベルに本店所在地の表示をしているが、本店所在地の変更により、右表示を変更することを要し、そのための支出も要する。(ただしこの点被告はその取扱つている約六、〇〇〇種の薬品について、現在用意してあるラベルをすべて廃棄し、新たに印刷しなければならず、その費用は約金二、五〇〇万円を要すると主張するが、この主張は認められない。けだし証人石川弘の証言によると、本店所在地の変更を表示するには、何も現在用意してあるラベルをすべて廃棄し、新たに印刷しなくとも、右ラベル上に新本店所在地を印刷するか、あるいは新本店所在地を刻した印を押捺すれば足りると認められるからであり、これに要する費用は比較的僅少であるといい得る。)
以上の事実が認められ、原告代表者本人の尋問結果中、右認定に反する部分は措信できない。
四右認定事実を総合考察すると、原告より本件代替家屋を提供されても、前記解約申入れのあつた当時、被告が本件建物を明渡すことによつてこうむる損害の程度は、原告の明渡しを必要とする程度と比較し、隔絶して大である、ということができる。すなわち原告にとつて本件建物の明渡しを求める必要性は、企業を合理化しその発展を図るにあるに対し、右建物を明渡すことによりこうむる被告の前記認定の如き巨大な損害は、被告の如き中小企業にとつては、企業の崩壊を招来する虞れさえある、と判断されるのであつて、たとえ原告が本件建物を取得するに至つた前記認定の如き経緯を考慮に入れても、なお原告の右解約の申入れは正当の理由を欠く、と断ぜざるを得ない。
(ハ) 解約申入れ後の交渉経過
一<証拠>を総合すると左の事実が認められる。
1 前記の如く昭和三八年二月一七日に、原告が被告に本件賃貸借契約の解約を申入れた後も、双方の間で本件建物明渡しについての交渉は続けられ、原告は被告の明渡しを得るために新たな条件を提出したのであるが、被告の承諾を得ることはできなかつた。その間に右解約を申入れた日より六ケ月が経過したので、原告は昭和三八年九月五日被告到達の書面をもつて、本件賃貸借契約が終了したとして、被告にこれの明渡を催告するとともに、右交渉の過程で被告に提示した条件を改めて明記し、この条件を承諾して本件建物を明渡してくれるよう並びに同年九月一四日までにこの条件を承諾するか否かについての返答をして貰いたい旨を通知した。
原告が右書面で明記したという条件は次のとおりである。
(一) 本件代替家屋を取り毀し、その敷地に原告において鉄筋コンクリート四階建、延坪一九八坪の事務所並びに倉庫を建築して、これを被告に賃貸する。
(二) 右賃貸につき、敷金、権利金等は免除する。
(三) 賃料は、原告がかねてより被告に本件建物の増額賃料として請求している金額(金二〇万二、五二七円)とする。
なお右書面には明記されていないが、それまでの交渉で原告は被告に、移転費用については、右新築予定建物の賃料を一定期間免除もしくは据置くことによつて充てたい旨を申し出ていた。
右原告の通知に対して、被告は昭和三八年九月一四日原告到達の書面をもつて回答してきたが、その内容は、原告の提案は、被告がかねて本件建物明渡の条件として、五ケ条希望条件などによつて希望していた条件のうち、移転場所、移転先の建物の面積については希望を満たしておりこの点原告の誠意を認めることができること、しかし移転費用について原告の提案するような方法ではなく、本件代替家屋の敷地もしくは新築予定建物のいずれかを被告に無償で譲渡するという方法によつて貰いたいこと、というものであつた。
2 その後右の如き双方の要求の差を縮めるべく原・被告間の交渉は続けられ、早期合意に達つすべく原告会社代表者と被告側の片山秀夫とのいわゆるトップ会談をもつなどの努力も重ねられた。そして原告は、昭和三九年二月一八日電話で再び被告に、原告の前記書面による明渡条件の提案に対する具体的回答を求めたところ、翌一九日被告より書面で次の如き回答があつた。すなわち被告は、原告の新築する建物を賃借してそこへ移転することを原則的に承諾することとする。しかしこれによつて被告は大きな犠牲を払うことになるのであるから、原告としても最大の犠牲を払う気持で、今後移転条件の交渉に臨んで貰いたいというものであつた。
そこで原告は、右被告の要望を満たすものとして、昭和三九年一〇月末頃左の如き提案をおこなつた。
(一) 前記のとおり原告は本件代替家屋の敷地に四階建の建物を建築して、これを被告に賃貸する。
(二) 賃料は、月額金二〇万円とするが、向う五ケ年間に金一、二〇〇万円に達するまでこれを免除し、これによつて右金額を被告に贈与する。なおその後の賃料は鑑定による。
(三) 右のほかに原告は被告に移転費用として金一五〇万円を支払う。
この原告の提案がなされた後の、同年一一月初め原告会社代表者と被告側の片山秀夫がいわゆるトップ会談をもつた際、片山秀夫より移転費用について金一、〇〇〇万円位を支払つて欲しいとの要望があつた。このため原告は、被告は移転費用の額の点を除き原告の右提案を承諾したものと判断するに至つた。
3 しかるにその直後に被告より原告としては予想もしていなかつた次の如き要求があつた。
(一) 被告において、本件代替家屋の敷地もしくは新築予定建物の無償譲受を断念したのであるから、代わりに大阪・尼崎間に二〇〇坪の土地を無償で提供して欲しい。そこへ被告は危険物倉庫を建築したいと考えている。
(二) 賃料免除の形で被告に金一、二〇〇万円を贈与するという原告の提案は承諾できない。その代わり新築予定建物の賃料を月額金一五万四、〇〇〇円とし、この額を向う四〇年間据置いて欲しい。
(三) 移転費用についてもさらに金五〇〇万円位を加算して欲しい。
この被告の要求は、原告にとつて到底承諾することのできない過大なものであつた。そしてこの段階になつてかかる過大な要求をする被告の態度からみて、原告は、これ以上被告と交渉を続けても本件建物の明渡を得ることは不可能であると判断し、訴訟によつて明渡を得ることに決意して、被告に交渉の打切りを通告した。
以上の事実が認められる。<反証排斥・略>
二右認定事実によつて明らかとなつたことは、原告は前記解約申入れ後も、被告より円満に本件建物の明渡しを受けるべく、被告提案の五ケ条希望条件にそつた案を度々提示したこと、これらの案が被告の損害を十分に補償するものであるか否かは暫く措くも少くとも原告としては可成りの犠牲を払つたものであり、局面打開に対する原告の誠意が認められること、しかるに被告の交渉態度は、原告の提案に対し、本件代替家屋の敷地、あるいはその敷地上に建設される鉄筋ビル、あるいは大阪尼崎間の土地二〇〇坪の譲渡と、五ケ条希望条件からは予想されない過大な要求を提示してこれを拒絶し、その真意が五ケ条希望条件下に適正なる補償を受けて本件建物を明渡すことにあるよりも、本件建物敷地上に早急に新社屋を建設せざるを得ない原告の苦境に乗じ、無償で高額の不動産を取得せんとするにあるのではないかと疑わしむるものがあり、むしろ原告を翻弄する態度が見られることである。
解約申入れ後の、原、被告双方側の事情の変転
一<証拠>によると、左の事実が認められる。
1 前記のとおり原告は、旧本社々屋東側の二筆の土地並びに本件建物の敷地上に新社屋を建築することを計画し、かねてこれが設計を依頼していたところ、右のとおり交渉を打切つた後、精密設計図が完成してきた。しかし、被告より本件建物を早期に明渡して貰うことは不可能となつており、他方原告の本社機構は、解約申入れ直後の昭和三八年三月には本社々屋の狭隘により北浜倉庫内に事務所を新築し、そこへ機構のうち開発部、人事部厚生課、健康保険組合、広告宣伝部を移転し、さらに本社々屋もしくはその近くに置くことに大きな利益がある営業部につき、その一部を昭和三九年三月及び一〇月に大阪市東区平野町所在の貸ビル並びに大阪市北区野崎町所在の堀川倉庫内に新築した事務所に移転し、結局交渉打切り当時原告の本社機構は大阪市内六ケ所に分散して不便をかこつておりまた旧本社々屋内も依然狭隘を極めていた。これに加え原告は、創立七〇周年記念に新社屋を完成させることを希望していたので、遂に右設計図どおり新社屋を完成させることを断念し、本件建物の敷地部分は、本訴の勝訴によつて被告より本件建物の明渡を得られた後に、第二期工事としてこれを利用することに計画を変更した。
そして原告は、昭和四〇年六月既に買収済の旧本社々屋東側の二筆の土地のみを利用する新社屋の建築を株式会社竹中工務店に請負わせて、昭和四二年六月これを完成させた。(このように工事を二期に分けた結果、原告が余分に支出しなければならなくなつた費用は昭和四二年五月三〇日現在での評価で金四、七〇〇万円に達すると見られる。)このような次第であるから完成した新社屋は、本件建物の明渡しが得られれば直ちに拡張工事たる第二期工事にかかれるような状態にしてあり、建物として完成した姿をしていない。また第二期工事によつて建築されるのは応接室、予備室等を含む部分である。右第一期工事の完成により原告は北浜倉庫敷地堀川倉庫敷地にある営業部門の一部及び海老江の大阪工場にある機械計算部を除き、その余の本社機構を収容することができた。しかしながら原告が多額の対価を交換の形で支払つて、本件建物およびその敷地の所有権を取得した目的である、本社機構を完全に統一し、更に応接室、予備室等の設置等余裕ある本社々屋の建設はまだ成就していないのみならず、昭和四四年四月九日、建設省告示第一、三五五号により、原告の本社々屋一帯は第六種容積地区に指定されたため、本件建物の敷地を除外し、旧本社々屋を取り毀し、その敷地のみをもつて社屋の拡張を図るとなると、地下二階、地上一階の建物しか建設できないこととなつた。このため原告の社屋拡張工事は、本件建物の明渡しを得ない限りは、大きく制限されることとなり、右明渡しを求める必要度は増大こそすれ、減少はしていない。
以上の事実が認められ、証人片山秀夫の証言(第一回)中右認定に反する部分はこれを措信することはできない。
二次に被告側の事情の変化についてみるに、<証拠>を総合すると左の事実が認められる。
1 さきに認定したとおり、本件建物の使用状況は、以前は別表(一)のとおりであつた。しかしその後、その使用状況に変化が生じ昭和四四年七月頃には、試験室は従業員食堂とし、本件建物内でおこなつていた試験、包装の作業は尼崎工場でおこなうようになつた。さらにその後検査の一部並びに地方出荷部門も尼崎工場でおこなうようになつた。
そしてこの結果現在被告が本件建物内でおこなつている事務並びに作業は、営業(店頭売を含む)管理、貯蔵、荷受、出荷の事務、薬の小分け作業のみとなつた。したがつて、被告が企業機構を道修町所在の店舗に集中しておくことの意義は薄くなつた。道修町に社屋を持つことの最大の価値は営業部門をここに設置することにあると考えられる。店頭売の為の小量の商品の貯蔵倉庫と営業部門さえ道修町に残しておくことができれば、他の部門を全部他所に移しても、現在においては被告にとつて五〇歩一〇〇歩であり、さして影響はないと考えられる。幸に被告は尼崎工場を有するのであるから、ここに右部分を移転さすことができ、店頭売商品の貯蔵倉庫と営業部門のみであれば、本件代替家屋において十分収容できると認められる。したがつて被告としては道修町界隈に多額の費用を投じて新社屋を入手する必要はなくなつた。
2 原告代理人が弁護士法二三条の二、第二項に基づき大阪弁護士会を通じて大阪市東消防署長に照会したところ、同署長は、昭和四五年八月二七日付回答書をもつて次のとおり回答してきた。すなわち被告がその頃本件建物内の危険物貯蔵所に貯蔵している危険物は、本件代替家屋内に危険物販売取扱所を設置すれば、そこへ貯蔵することが可能である、但し危険物販売取扱所は、本件代替家屋の表通りへ面した場所へ不燃材料をもつて、危険物の規制に関する政令一八条「販売取扱所の基準」に合致して設置しなければならない、とのことである。
被告の本件建物内の作業について前記のとおり変更が生じ、その結果本件建物内の危険物貯蔵所に貯蔵してある危険物の量が以前よりも減少したため、右の如き回答があつたものと推測されるが、いずれにしても被告が本件代替家屋に移転した場合に、ここで危険物を貯蔵することは条件次第で可能となつた。したがつて右家屋に移転しても店頭売の利益を喪失しない見込みがある。
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
(ホ) 昭和四五年六月三〇日付請求の趣旨補充訂正の申立書による解約の効力。
一しかしながら前記のような事情変更が被告側に生じたからといつて、さきに認定したような運送費等の移転費用、取扱商品容器のラベル変更に要する費用、本件代替家屋改装に要する費用等多額の出費を被告が免れるものではない。しかし右出費に基づく被告の損害は、次の理由によりその相当部分が事実上補償されていると認められる。
すなわち本件建物の賃料は、前記のとおり昭和三五年三月一日以降月額金一〇万円であつた。ところが原告は、昭和三八年五月一四日被告到達の書面により、昭和三八年二月一日に遡及して賃料は月額金二〇万二、五二七円に増額されたと主張する。しかし成立に争いのない甲第四号証の一、二によると右書面の内容は本件賃貸借契約が河合武夫の被告に対する昭和三七年一一月一六日付解除の意思表示により終了していることを前提として、昭和三八年二月一日以降右金額の割合による損害金の支払を求めるというのであり、これが賃貸借契約存続の場合の賃料増額の意思表示を兼ねたものでないことは、書面到達日よりも遡及して新金額により支払を求めていることより明らかであつて、少くとも相手方たる被告にとつて賃料増額の意思表示であるとは到底解し得ないものである。そうすると右書面により賃料増額の効力を生ずるに由ないから、本件建物の賃料は、右書面到達以降も月額金一〇万円であつたといい得る。
そして<証拠>によると、昭和三五年四月一日、河合武夫と被告との間で本件建物の賃料を、同年三月以降月額金一〇万円と定めた時、以降賃料は、①本件建物に対する税額、②本件建物の時価、③日銀発表による物価指数等の変動、により二カ年毎に改定する、旨の約定が成立していることが認められ、右約定の趣旨は、客観的適正賃料額の変遷に従つて、二カ年毎に賃料を改定しようとするにあると解される。そうすると河合武夫及び原告が昭和三七年一一月一八日付解除の意思表示が無効であり、本件建物の賃貸借契約が依然継続していることを承知していたのであれば、右約定により賃料は増額されてきたものと推認し得る。
しかるに原告は右解除の意思表示を有効であるとの立場をとつていたため増額の意思表示をせずまた<証拠>によると原告において本件建物を円満に明渡して貰うため被告とことをかまえることを控えたため、賃料増額の交渉をしなかつたことが認められるので、これらの事情のため被告は適正賃料を下回る月額金一〇万円の賃料で以後も本件建物を使用することができ、右適正賃料と金一〇万円の差額を事実上利得する結果となつた。そして鑑定人小野三郎の鑑定の結果(第一、第二回)によると、本件建物の適正継続月額賃料は、昭和三七年四月現在金一四万八、九八二円、同三九年四月現在金二〇万六、四九三円、同四一年四月現在金二三万二、二九二円、同四三年四月現在金二六万四、六六五円であることが認められる。
そうすると昭和三七年四月より昭和四五年六月(原告の同月三〇日付請求の趣旨補充訂正の申立書が陳述された、同年七月九日口頭弁論期日の前月)までの右差額の合計は約金一、一〇〇万円に達する(原告が本件建物の所有権を取得したのは昭和三八年一月三一日であるが、原告は河合武夫の本件建物に対する一切の権利を譲渡されているので昭和三七年四月より起算する)。したがつてこれを経済的に観察すれば被告は本件代替家屋に移転することに関し、前記の如く多額の損害をこうむるけれど、その損害は事前に金一、一〇〇万円程度の補償を得ているものと解することができるのであつて、その大部分を補償されているといい得るのである。
二以上認定事実によれば、被告は原告より本件代替家屋を適正賃料にて提供を受ければ、前記昭和四五年七月九日現在にあつては、本件建物の使用を固守する必要性に乏しく、しかも本店移転による損害は事実上その大部を補償されているのであり、これに対し原告は第一期工事の完成により本社機構の大半をここに吸収することができたが、多額の対価を交換の形で支払つて本件建物およびその敷地の所有権を取得した目的である、本社機構を完全に統一して、更に余裕ある本社々屋の建設はまだ成就せず、更に昭和四四年四月九日建設省第一三五五号により、本件建物の明渡しを求める必要度は増大することすれ減少はしていない。右原告、被告双方の事情に加うるに、さきに認定した原告が本件建物およびその敷地の所有権を取得するに至つた経緯、解約申入れ前後の円満解決のための原告の誠意ある努力、これに対する被告の打算に終始する態度を総合すると、右同日現在原告が本件代替家屋の適正賃料による賃貸提供とともに、本件賃貸借契約の解約を申入れれば、右申入れは社会通念に照らし正当の理由がある、と断じて差支えはない。
三しかるところ一般に賃貸人において、賃借人に対して解約申し入れにより賃貸借契約が終了したことを理由に賃貸家屋の明渡の訴を提起することは、賃借人に対して黙示的に解約申し入れをしたものと解されるところである。そうだとすると原告が本訴第一七回口頭弁論期日(昭和四五年七月九日)において、第三次、第四次請求の趣旨を記載した昭和四五年六月三〇日付請求の趣旨捕充訂正申立書を陳述し、右各請求どおりの裁判を求めたことにより、被告に本件賃貸借契約の解約を申し入れたこととなる。
そして第三次請求は、正当事由の補強として、被告に本件代替家屋の賃貸を提供しているのであつて、しかも原告が申し出ている月額金二〇万二、五二七円の賃料は本件代替家屋の所在地、面積、右同日現在の本件建物の適正賃料がさきに認定したとおり月額金三〇万〇九九一円であること、五年間賃料額は据置であることを勘案すると正当な額と認められる。そうだとすると、昭和四五年七月九日より六ケ月目の、昭和四六年一月一九日の経過をもつて本件賃貸借契約は終了したこととなる。
従つて被告は、原告より本件代替家屋を賃料月額金二〇万二、五二七円、その月分を毎月末に原告方へ持参して支払う、賃貸借の期間は定めずとの約定で賃貸の提供を受け、これが引渡しを受けるのと引換えに本件建物を明渡すべき義務があることとなる。
四なお被告は、原告の解約申入が正当事由を欠くものである旨、種々主張するがすべて理由のないものである。
1 すなわちまず本件建物の明渡交渉が不調に終つたのは、原告において河合武夫をして本件建物の明渡交渉に当らせ、しかもその間に同人をして増改築を理由とする本件賃貸借契約の解除の意思表示をさせるという態度をとつたため、被告としては原告のかかる態度に不信を抱かざるを得ず、そのため原告の提案を承諾しなかつたものであるとの主張については、前記認定のとおり原告が本件建物の所有権を取得する以前にあつても、当時の賃貸人である河合武夫をして被告と明渡の交渉に当らせたのは一回のみであり、むしろ原告自らが交渉に当つていたものである。また右契約解除が原告の指図によるものであることを認め得る証拠はない。よつて右主張は失当である。
2 次に被告は、原告において被告に本件建物の明渡を求めるのは、建物自体を利用するためでなく、その敷地を新社屋の拡張工事をするについて利用するためであつて、かかる場合は借家法一条の二にいう賃貸建物を自ら使用する場合に該らないと主張する。しかし同条にいう自己使用の必要を賃貸人において賃貸建物自体を自ら使用する場合に限らねばならぬ理由は存せず、賃貸人において賃貸建物を取毀したうえ新築して使用する必要がある場合をも同条にいう自己使用に該るのであつて、ただ正当事由の存否の判断をする際に、建物自体を使用する必要がある場合とは異なる評価を受けることがあるに過ぎない。
3 また被告は、新家主たる原告において解約申入の正当事由を具備するためには、被告の居住の安全を充分に確保しなければならないところ、原告はかかる措置をとつていないと主張する。しかし前認定のとおりこの点を配慮してもなお正当事由を具備していると認められるのである。
4 また被告は、原告の解約申入をもつて解約権の濫用であると主張するが、その意味するところは、原告の解約申入は正当事由を欠くものであるとの主張であると解せられるから、その理由を欠くことは明らかである。
第四延滞賃料並びに損害金請求に対する判断
一まず原告が被告に対する第一回賃料増額の意思表示であると主張する昭和三八年五月一四日被告到達の書面は右意思表示であるとは認められず、したがつてこれにより賃料増額の効力を生じなかつたことはさきに認定したとおりである。
二そこで第二回賃料増額の意思表示につき検討するに、原告が本訴第一七回口頭弁論期日(昭和四五年七月九日)において、被告に本件賃貸借契約に基づく賃料を同年七月一日より月額二六万四、六六五円に増額する旨の意思表示をしたことは当裁判所に明らかであるところ、鑑定人小野三郎の鑑定の結果(第二回)によると、昭和四五年四月現在の適正継続賃料は月額金三〇万〇、九九一円であることが認められるから、右増額請求の賃料は当時の適正賃料額より下廻つていることは明らかであり、また昭和三五年四月一日河合武夫と被告との間に成立し、原告がその効力を承継した賃料改訂に関する約定に、改訂期間、賃料増額条件等の点において、違反しないから、右意思表示は適法であり、したがつて本件建物の賃料は昭和四五年七月一〇日より、月額金二六万四、六六五円に増額の効力を生じたということができる。
三次に第三回賃料増額の意思表示について検訂するに、原告が被告に本訴第一九回口頭弁論期日(昭和四五年一二月一〇日)に、本件建物の賃料を昭和四六年一月一日以降月額金三〇万〇、九九一円とする旨の意思表示をしたことは明らかである。しかしこの意思表示は第二回賃料増額の意思表示がなされた時より六ケ月を経過しない間になされたものであつて、増額請求について当事者を拘束する前記賃料増額に関する特約に反するばかりでなく、この間に増額を認めるべき特段の事情も生じていない。従つて原告の第三回増額の意思表示によつて本件建物の賃料が増額されたことはなく、よつて右意思表示によつて賃料が増額されたことを前提として原告が被告に金員の支払を求めている部分は失当となる。
四次に本件賃貸借契約が昭和四六年一月九日の経過をもつて終了し、翌昭和四六年一月一〇日以降被告は本件建物を明渡さないという債務不履行をしていることとなつた。そこで右債務不履行により被告が原告に与えている損害について検討するに、その損害額は、原告において本件建物を他に新規に賃貸した場合の賃料額と認められ、そして右本件賃貸借契約終了時頃の、その額は鑑定人小野三郎の鑑定の結果(第二回)によると、月額金三八万七、四〇二円であることが認められる。
五以上の次第であつて、これを整理するに原告が第一回賃料増額の意思表示をしたと主張する昭和三八年五月一四日以降、本件建物に関して被告が原告に対して支払うべき金員は、同日より昭和四五年七月九日までは賃料月額金一〇万円、昭和四五年七月一〇日以降昭和四六年一月九日までの間は増額賃料月額金二六万四、六六五円(いずれも各月分翌月一日支払)及び昭和四六年一月一〇日以降本件建物明渡済みまでの間は賃料相当の損害金月額金三八万七、四〇二円となる。しかるところ被告において原告に対し昭和三八年五月分以降昭和四六年一月分までの賃料として毎月金一〇万円を弁済供託していることは当事者間に争いがない。そこで右のうち賃料に関する部分についてはこの分を差引くべきこととなり、被告が原告に未払賃料として支払うべき金員は昭和四五年七月一〇日より昭和四六年一月九日までの毎月の増額賃料分金一六万四、六六五円のみであつて七月九日までの賃料は弁済供託により支払済であり、昭和四六年一月一〇日以降は本件建物の賃貸借契約は解約されているから、賃料としての前記供託は弁済の効力はない。
よつて被告は、原告に対し昭和四五年七月一〇日より昭和四六年一月九日までの、毎月金一六万四、六六五円の割合での合計金九八万七、九九〇円の賃料及び右各月分の未払賃料金一六万四、六六五円(但し昭和四五年七月分は金一一万六、八五九円、昭和四六年一月分は金四万七、八〇六円)に対する、その支払期日の翌日である、各月分につきその翌月の一日以降支払済みまで借家法所定の年一割の割合による遅延損害金並びに昭和四六年一月一〇日より同月三一日までの賃料相当の損害金二七万四、九三〇円及び昭和四六年二月一日以降本件建物明渡済みに至るまで毎月金三八万七、四〇二円の賃料相当の損害金並びにこれらに対する各弁済期後である各月分につき翌一日以降支払済みに至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払わねばならぬこととなる(原告、被告とも商人であり、被告は本件建物を営業の用に供しているのであるから本件建物の賃貸借契約は商行為であるということができ、従つて右解約による原状回復義務の履行遅滞に基づく損害金債務も商行為による債務であるから、その法定利率は、商事法定利率として年六分と解される)。
なお原告は、昭和四六月一月末日にそれまでの遅延損害金を元本に組み入れたうえ、再びそれに対して遅延損害金を求めているが、原告が被告に対してそれまでの遅延損害金の催告、元本への組入れの通知をしたことの主張、立証はないのであるから、かかる重利の請求は理由がなく失当である。
第五結語
以上の次第で、原告の請求は、右の限度で理由があるのでこれを認容し、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法九二条本文、八九条を適用して主文のとおり判決し、仮執行の宣言は相当でないのでこれを付さないこととする。
(野田栄一 中山博泰 岡部崇明)
<目録・図面略>